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145. 欲望と煩悩 [宗教的感覚]

どどいつ : 連続ドラマを 何気につけて 一話ではまり 中毒に  (モンタナ)

欲望と煩悩
 約二十年前の生徒の授業感想文の一つです。 「仏教を学んで気づきました。今までの私は、 良い点を取ろうという欲望の固まりでした。 欲望は煩悩なので、消さなくてはならないと感じました。」 私は仰天し、 以後は誤解を与えないよう次のように話しています。

 
 「おいしい料理を食べたい」 という欲望も、 「多くの人と一緒に」 という気持ちが伴っていれば、 やがて当人を三つ星レストランのシェフとして社会貢献させるきっかけとなるかもしれません。 逆にどんな欲望でも、 それが自分一人のためであれば全て煩悩です。

 煩悩は我執とも呼ばれています。 自分の欲望を吟味し、 それが煩悩だと気づいたら、 目標をちょっとみんなの方へ微調整しましょう。 誰もがこうする事で、 社会は住みやすくなります。 

 たとえ煩悩でも欲望は捨ててはならないし、 捨てられるものでもありません。 あるお寺に掲示されていた言葉です。 「煩悩は雑草のごとし。 生えたら切り、伸びたら刈る。」


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