勤務校のステンドグラス
開かれた門
聖書の言葉には、表面的な意味の他に、もう一つ深い意味があるような気がします。
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば開かれる。」 (マタイ7-7)
勤務校では毎年三月、全職員が自分の好きな聖書の一文を紹介した文集を卒業生に贈っています。在校生の皆さんは楽しみにしていて下さい。それらの文の中で一番多いのが、この言葉です。卒業生に夢と希望を与える素晴らしい一節だからでしょう。
ところで、いくら叩いても開かない門もあるとは思いませんか?私の場合、何度もありました。でもそんな時は、私の「願い」の方が間違っていました。例えば今の私は、若い時に宝くじで何億円も当たらなくて本当に良かったと思っています。
人間は先が見えません。だからこそ「門は叩く」べきです。いくら叩いても状況が好転しない時は、それが神様からの答なのですから、自分の願いの方を反省してみましょう。私は「開かれる」とは必ずしも「願いが叶う事」ではなく、「神様が色々な形で応えて下さる事」だと思っています。
** 高校生のコトバ **************************
川柳 : 思い出は 死なない限り 消えはせぬ (S)